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所在地 東京都千代田区 設計 大蔵省臨時議院建築局 竣工 1936年 延床面積 53,466m2 地上階 3階 地下階 1階


- 日本の国権の最高機関。それが国会議事堂だ。ピラミッド型の塔を中央にいただき、衆議院と参議院を左右対称に配置した外観は、ニュース番組に映らない日はないというくらい、誰もが目にするものだよね。このような塔を中心とした左右対称型の建物は、明治時代から始まった日本の公共建築の伝統的なスタイルなんだ。限られた土地で高層ビルが林立する現代のような都市では、もう実現するのが難しい建築スタイルかもしれないね。

- 議事堂のシンボルともいえるピラミッド型の中央塔は高さが65メートル。今では信じられないかもしれないけど、完成当時は日本橋の三越デパートの60メートルを抜いて、日本で一番高い建物だったんだ。これは1964年(昭和39年)に紀尾井町のホテルニューオータニ本館(73メートル)に抜かれるまで28年も続いた記録でね、途中で戦災があったとはいえ、これほど長期間日本一の高さを誇った建物は、近代において国会議事堂だけなんだ。高層ビルなどひとつもない当時の東京で、永田町の高台にそびえる国会議事堂の姿は、人々にとっても相当なインパクトだっただろうね。「白亜の殿堂」なんて呼ばれていたのも、決して大げさな話ではないんだ。

- 国会議事堂が完成したのは1936年(昭和11年)11月7日のこと。建設の着工は1920年(大正9年)だから、17年もの歳月がかかってしまった。さらに、議事堂の建設計画からとなると、なんと19世紀末の明治時代までさかのぼることになる。人々の「近代国家にふさわしい国会議事堂の建設を」という悲願は、世紀をまたいで受け継がれ、昭和になってようやく実を結ぶことになったんだ。

- 日本で初めて国会が開会されたのが1890年(明治23年)。当然ながら、それに合わせた議事堂の建設計画が持ち上がるんだけど、財政的な問題もあって具体的な案はまとまらなかったんだ。結局、木造の仮議事堂を建てて急場をしのぐことになった。ところがこれが2ヵ月もたたないうちに焼失。再び仮議事堂が突貫工事で建てられることになる。その一方で、肝心の新議事堂の建設計画は何度も白紙に戻されてしまう。ようやく現在の議事堂のベースとなる設計案ができあがったのが1919年(大正8年)のこと。翌年に着工も始まり、いよいよという時に、なんと仮議事堂がまたしても焼失! みたび仮議事堂の突貫工事となって、新議事堂どころではなくなってしまう。さらに慢性的な財政難も重なって、新議事堂の工事は順延につぐ順延。そうした苦難の連続を経て、ようやく完成したのが1936年(昭和11年)というわけなんだ。

- ほぼその通り。国会議事堂の建設は、ただ国会を開設する場としてだけでなく、「近代国家としての日本」を広く国内外にアピールしようという狙いがあったんだ。そのため建築資材も極力国産のものを使用することが、あらかじめ決められていたというわけ。実際に完成した国会議事堂は、ドアノブ、郵便投函筒、ステンドグラス、大理石一種を除いて、すべての建材を純国産品でまかなっているんだ。

- 日本全国から厳選して取り寄せた42種類の石材を使用しているんだ。内装を見まわすと、いかに多くの石材に囲まれているかが分かるだろ。特に中央広間の床にほどこされたモザイクは、10種類以上の大理石を100万個も使用して作られたもの。外観を覆う巨大な石の壁も、注意深く見てみると、ところどころで異なる石材を使っているのが分かるはず。国会議事堂の外装は、山口県産の「黒髪島(くろがみしま)石」、広島県倉橋島産の「尾立(おたて)石」、新潟県産の「草水(くそうず)石」という3種類の花崗岩を使用しているんだ。なかでも淡いピンク色がまざった「尾立石」は、中央玄関の列柱や2階より上の外壁など、国会議事堂の顔ともいえる外観の主要材となっている。このことから「尾立石」は別名「議院石」とも呼ばれるようになったんだ。

- そうなんだ。国会議事堂のデザイン案は一般公募(日本で最初のコンペと言われている)によって決定したんだけど、これはあくまでデザインの採用であって、実際の設計を手がけたのは大蔵省の建築技師たちなんだ。そこで改めて「西欧的にすぎず、かつ近代国家にふさわしい」デザインの修正がなされたというわけ。なかでも大きな変更は中央塔の屋根。現在の国会議事堂のシンボルともいえるピラミッド型の屋根も、当初のデザインでは古典主義建築の伝統にのっとったドーム型の形状をしていたんだ。これがどうして、ピラミッド型となったのかは諸説あって、1928年に完成したロサンゼルス市庁舎を参考にしたとか、古代七不思議にも数えられるマウソロス霊廟をモチーフにしたとか、いろいろ言われているけど、結局はっきりしたことは、今も分かっていないんだ。
- 出典
- 大蔵省営繕管財局 1938「帝国議会議事堂建築報告書」
- 鈴木博之1999 『日本の近代10 都市へ』中央公論新社