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所在地 東京都大田区 開港 1931年8月25日 構造・規模 1.271ha


- 東京国際空港、通称・羽田空港は日本最大の空港であり、世界でも屈指の規模を誇る空港として知られているんだ。敷地面積1,271ヘクタールを有する構内には、2棟の旅客ターミナルと3本の滑走路が配置され、1日に約450便の飛行機が就航。利用者数は年間6,680万人(平成19年)と成田空港を抜いて国内トップの数字を誇り、とりわけ北海道の札幌を結ぶ新千歳線は、年間1,000万人を超す世界最大の幹線となっているんだ。増大する利用者に対応すべく拡張をつづけ、今もなお拡張工事の最中にある羽田空港は、時代とともに成長をつづける空港といえるだろうね。

- 羽田空港がある場所は古くから漁業の町として知られ、多摩川の河口周辺は、引潮になると低湿地の干潟が広がっていたんだ。これが飛行機の滑走に適しているということで、飛行場が誕生する以前の大正時代から、すでに日本飛行学校と飛行機製作所が置かれていたんだ。当時の飛行場といえば、所沢と立川が、航空隊の軍事基地として活用されていたんだけど、大正12年(1923年)に発生した関東大震災がきっかけとなって、国土の防衛上から、より都心に近い場所での飛行場建設が求められることに。そこで、航空面においてすでに実績のある羽田に白羽の矢が立ったというわけ。こうして昭和6年(1931年)、日本発の国営民間航空専門飛行場として東京飛行場、つまり現在の羽田空港が誕生したんだ。しかし当初は、敷地面積わずか58ヘクタール、滑走路(300×15メートル)1本を有するだけの、ごく小さな飛行場だったらしいよ。

- 戦後、連合国の管轄を経て現在の正式名称である東京国際空港となると、羽田空港は時代の復興とともに拡張工事をおこない、1959年には敷地面積260ヘクタール、A滑走路(2,500×45メートル)、B滑走路(1,676×45メートル)の2本の滑走路と旅客ターミナルをもつ空港へと生まれ変わったんだ。さらに1964年には海外旅行が自由化されて利用客が急増し、次第に国内線と国際線を現状の敷地内で両立させることが困難となっていたんだ。こうして1978年、千葉県成田市に成田空港(新東京国際空港)が新設され、国際線のすべてがここに移動。羽田空港は国内線中心の空港として再出発することになったんだ。

- 国内線中心として再出発を果たした羽田空港だけど、利用者は増大する一方で、発着機の過密状態はいよいよ深刻なものとなっていたんだ。また当時のAB両滑走路は、互いに交差する状態で配置されていたため、2本同時に離着陸をおこなうことができず、事実上の就航状況は、常にどちらか1本の滑走路だけという、非常に効率の悪いものだったんだ。さらに当時の滑走路は市街地により近接していたため、航空機の騒音は社会問題にまで発展。こうした問題を一気に解消させるため、1984年、空港に隣接する沖合を埋立地として、そこに空港の全機能を移動させる沖合展開事業に着手したんだ。

- 沖合事業展開で新しい空港用地とされたのが、東側沖合に造成されていた東京都の廃棄物処理場跡でね、ここはもともと地盤が軟弱なうえに長年ヘドロが堆積して、完璧な平坦性が求められる空港用地としては、もっとも不向きな場所だったんだ。そこで採用されたのが、当時最先端の技術だったサンドドレーン工法とペーパードレーン工法。これは直径50センチ、深さ30メートルほどの垂直の穴を等間隔に掘り、そこに水はけのよい紙、もしくは砂を詰め込んで、地中の水分を吸い取る杭(ドレーン)とする工法なんだ。これを1984年から、各整備地区に合わせて20年近くもおこなうことで、ようやく圧縮された強固な地盤に改良することができたんだ。

- 1984年から始まった沖合事業展開は、大きく3期に分けて工事がおこなわれ、順次敷地を拡大。新A滑走路の整備を経て、1993年には現在の第1旅客ターミナル「ビッグバード」と管制塔が完成。高さ77.6メートルの管制塔は、円形と半円形を基調とした滑らかなデザインで、羽田空港の新しいシンボルともなっているんだ。そして、1993年3月には新C滑走路が、2004年12月には第2旅客ターミナルが完成。これによって、A滑走路とC滑走路(ともに3,000×60メートル)は、2棟の旅客ターミナルをはさんで並行に配置され、互いの滑走路が干渉しあうことなく、自由に飛行機の離着陸をおこなうことが可能となったんだ。

- 20年にわたる沖合事業展開を経て、新しく生まれ変わった羽田空港。新設されたABC滑走路による効率的な運用により、年間の離着陸は30万3000回となったが、それでもラッシュ時には2分間隔で離着陸がおこなわれるなど、年々増加する利用客への対応は依然としてギリギリの状態なんだ。このため空港の南側に位置する多摩川河口付近に、埋立部と桟橋部を組み合わせた人工島を建設し、そこに新しいD滑走路を整備することが決定。D滑走路は2007年3月に人工島の工事が始まり、2010年10月に運用される予定となっているんだ。